タイトル
台湾アップデートセミナー第2回 台湾新製品から見るデジタル×ヘルスケアの融合 (講義録)
本文

このレポートは、2021年12月にオンラインセミナーで講演した内容を文章にしたものです。

     ▶▶▶ 本セミナーの動画はこちら

 

今回は台湾政府の主要な産業育成方針の1つでもある、デジタルとヘルスケアを組み合わせた製品について見ていきたいと思います。

 

 

台湾政府の骨太の方針「7本の矢」

台湾政府の国家発展委員会、日本で言うと昔の経済企画庁的な政府機関が2020年05月18日にコロナ後に向けて台湾を抜本的に変革させるための提言「7つの矢」を発表しており、その中にヘルスケア産業について触れています。


デジタル(IT)とイノベーションを軸にした大胆な取り組みで台湾を再構築。ヘルスケア分野については台湾の有力産業であるITと医療を結合し、以下のような施策について提言が行われました。

  • ITを活用した治療
  • 精密医療
  • 感染症対策技術への支援
  • ヘルスケアサービス産業の拡大
  • スマート医療システムの輸出
  • 医療規制サンドボックス(案件単位で実験的に規制緩和)


「7つの矢」以外の提言でも、ITと医療の結合に関しては触れられていることが多く、それだけ台湾の中でも重視されている、伸びしろがあると考えられている産業分野ということが言えるかと思います。

 

 

赤ちゃん泣き声翻訳機 (EmoRec)


乳幼児の泣き声を分析し、空腹、眠い、痛い、おむつ交換などの泣いている原因を特定するアプリです。AIによる学習により、出生2週間以内の新生児の泣き声の認識率は男女にかかわらず92%にまで高まっているとのこと。ただし成長に伴い泣き声にも個性が出てくるため正確性は下がるとのことです。


AIではAIに学習をさせるための膨大なデータが必要なのですが、この会社は3年かけて300万個以上のデータを収集しています。


実際の収集は提携している大学病院の新生児病棟にて、24時間体制で乳幼児の泣き声を撮影・録音、看護婦が毎回泣いた原因を記録するという苦労をしています。また病棟で普通に録音すると複数の乳幼児の泣き声が同時に録音され分析できないので、指向性の高いマイクを使用し、音源を分離するという苦労や工夫を重ねています。


もともとは技術の宣伝も兼ね「嬰語翻譯機(赤ちゃん言葉翻訳機)」をスマホのアプリとして提供していましたが、現在は既に提供を終了しています。スタートアップにとってアプリの販売は利益が低く、また顧客対応も負担が重いため、現在は他社への技術提供に軸足を置いています。


たとえばウェブカメラと組み合わせ、泣き声だけでなく、呼吸や心拍などを監視して、新生児の世話をする両親の負担を減らす商品などです。こうやって技術だけでなくハードと組み合わせるとお金も取りやすいですよね。

 

 

AIは魔法の杖ではない


1つ目の商品からAIの話をしていますが、ここでAIの解説を少し挟みたいと思います。


AI(人工知能)は勝手に動くわけではありません。そもそも今のAIは人間と同等の知能を目指す話ではなく。あくまで特定の事項を「機械学習」により自動実行する話が主流です。これを特に「弱いAI」ということもあります。


機械学習の高度化を進めた「ディープラーニング(深層学習)」により、色々なことができるようになり、第三次AIブーム (2006年〜 現在)が起きています。


AIが(もっと言うとディープラーニングが)強いのは分析で、分析を行うためには分析・学習のためのデータが必要です。先ほどの会社はデータ(泣き声)+正解(理由)がセットになった「学習データ」を時間をかけてしっかり収集したことがこういった製品を作り出す強みになっています。


また300万件もの音声を含むデータを分析するのも、ディープラーニングという仕組みも非常にコンピューターの計算能力を要求します。近年のクラウドやGPU(もともとグラフィック用だが、今は並列計算用としてよく使われる)などコンピューターの処理能力向上があって初めてディープラーニングは実現できています。


ただ繰り返しになりますが、AIには先生役が必要です。何らかの形で人間が学習のノウハウや方法を教えないと効率よく動きません。

 

 

AIでトイレで自動大便検査 (Outsense)

便座に後付けし、カメラで大便を観察、大便に触れることなく血便などの検査ができるというのがポイントです。主なターゲットは大腸がんなどの診断のようです。


元々健康診断として人間の目で大便をチェックするというのが行われており、そこでのチェックのコツなどをAIで分析し、自動化するというAI(ディープラーニング)の使い方、また毎日使うトイレにカメラを設置することで自動的に継続して数多くのデータ収集をするというIoTの使い方、ともにAIやIoTの使い方の王道だと思います。


この会社はイスラエルのスタートアップなのですが、イスラエルのスタートアップのレベルは高いものが多く、注目すべき国の一つです。こういった会社が医療水準が高い+そこそこの人口の台湾でテスト・開発をしたり、ハードウエア製造拠点としての台湾を利用したりしているわけです。

 

 

 

胎児を見守るIoT (SiriuXense)

胎児を見守るためのIoT機器です。妊婦さんのおなかにつけて使うのですが、ポイントとしては針を刺したりとか体を傷つけずに観察が可能な「非侵襲性」の機器ということです。この「非侵襲性」という言葉はヘルスケア関係で結構よく出てくるキーワードです。ちなみに中国語では「非侵襲性」や「非侵入性」、英語では「non-invasive」といいます。


機器では「胎心音」、「胎動」、「心電図」をチェックします。音を拾う、体内電流を計測するなどは全て「パッシブ(受動)方式」と呼ばれる計測方法です。


よく産婦人科で行うおなかに超音波を出すプローブと呼ばれる機器を当て、その反射で映像を生成する「アクティブ(能動)方式」の方が一般的なのですが、一般の人がプローブをおなかに正しい角度で当てるのが難しいことと、常時超音波を発射するための電力が必要なため、電池での長期間駆動に向きません。よって敢えて全て「パッシブ(受動)方式」を採用しています。


ヘルスケアデバイスの場合、体につけてデータを常時取得することが多いと思いますが、その場合、電力は電池に頼らざるを得ず、電力消費を以下に抑えるかがIoT機器の最大の問題になります。この会社は現在できることをバランスよくまとめています。


日本や台湾のように妊婦さんがすぐに医療機関を受診できる体制になっていれば良いですが、国土が大きな国などの場合、出産直前までなかなか医療機関に行けない場合も少なくありません。


また頻繁に受診できる環境だとしても医者は365日・24時間、妊婦さんの状況をチェックできません。そこはまさしくIoTがカバーできる分野で、医者に有用なデータを提供でき、またIoTやAIが仕事を奪うのではなく、むしろ医師の診断を補うことができるのです。

 

 

 

進化した補聴器 (RelaJet Tech)


AIで話している相手の声「だけ」を増幅することで、それ以外の雑音をカットできるのがポイントです。


おそらく似たような製品を開発している会社は他にもあるかもしれませんが、この会社の興味深い部分として、創業者の一人は重度の聴覚障碍者、自身の経験を活かした創業をしていることです。


最近のスタートアップもグローバルニッチを狙うとともに世界規模で色々な問題を解決することを志向するところが増えてきました。

 

 

 

NO発生装置を小型化 (Innohale Therapeutics)



こちらもイスラエルのスタートアップです。NO(一酸化窒素)吸入療法に必要なNO発生装置を小型化しています。


NO(一酸化窒素)は強力な平滑筋拡張物質で、肺動脈硬化・肺高血圧などの肺の病気に使われており、もちろん日本でも行われている治療法です。決して数多い病気ではないですが、だからこそだからこそグローバルに市場を追求(グローバルニッチ)することで需要をまとめ、ビジネスにしているわけです。


先ほどの補聴器もそうですが、スタートアップの規模の追求と社会貢献は決して矛盾する物ではないことを示した意味ではすばらしく、台湾の展示会で賞(2021 INNOVEX PITCH CONTEST WINNERS / Grand Prize)を獲得したことも頷けます。

 

 

 

既存のチップを使いうまくまとめたヘルスケア機器 (Cloudmed)



小型のデバイスの電極に両手の指を押し付けることで


(1)心拍、(2)脈拍、(3)脈波伝播時間(PWTT)、(4)心電図、(5)血中酸素濃度、(6)疲労指数、(7)身体年齢、(8)ストレス指数・・・の8項目の計測が可能です。


脈拍と血中酸素濃度については光電式容積脈波記録法(PPG)という方法が用いられ、光学的に測定が行われています。デバイスの片側の電極の中央に窓が開けられ、超小型の光学ユニットが搭載されており、指の腹にLEDで赤色光と赤外線を照射し、それが赤血球によって吸収される度合いを光学センサーで計測します。


また脈波伝播時間(PWTT)とは心臓から送り出される血液が指先に到達するまでの時間を指します。これは光学的に指の脈拍を計測し、一方で電極で心拍を計測し、その差を計算することで求めることができます。


心拍は心臓の動きとほぼ同期しますが、指先の脈拍は心臓から距離が離れているため、体調によって結構変動します。この差を調べることにより、例えば「脈波の伝播速度は血圧に比例」という医学的研究にもとづき、血圧等を間接的に計測することが可能となります。

 

 

 

既存のチップ・部品を使っても、アイデアで製品の完成度は大きく変わる


実際のところ、Cloudmedのデバイスの中身はヘルスケア・デバイス向けに出されたモジュールやチップなどの既製品なのですが、これを指を押し当てる形式のデバイスにまとめることで、腕時計型のデバイスが抱えていた、センサーへの押し付け方が毎回変わり、測定誤差が出やすいなどの問題を上手く解決したのがポイントだと思います。


例えば、光学的な計測の場合、動脈は手首の皮膚の下にはほとんど流れていないため、静脈と毛細血管しか監視できず、またデバイスと手首の密着度も一定しないなど計測の条件も安定しないため、実際に得られるデータはかなり限定された精度ではないかと考えられます。


また腕時計型のデバイスでは微小電流を扱うことはできず、心電図のようなものは計測できません。また仮に電極を付けることができたとしても片腕の手首の一点だけであり、体全体を流れるような回路は構成不可能です。


こういった身に着けやすいが正確なデータ収集が難しい腕時計型ではなく、上手く指を押し当てる形式のデバイスにまとめたのは本当に上手いと思います。


また計測したデータを組み合わせて、AIで分析することで、健康状態を「疲労指数」、「身体年齢」、「ストレス指数」などとして分かりやすく「見える化」したのも非常に面白いです。


こういった健康状態の「見える化」は特にフィットネスやジョギングなどのヘルスケア分野への売り込みには有効でしょうし、何よりもデバイスが役に立っている感じが高まるので、デバイスが稼働する頻度や時間も上がると思います。そうするとまた色々なデータが集まるわけで、こういった部分も技術をアイデアで上手く売れる製品に仕立てたと思います。

 

 

 

伝統的な中国医学のノウハウをAIに



日本とは違い、台湾では中国伝統医学由来の「中医」がまだ健在で、健康保険も適用されます。この「中医」の主な診断方法の一つとして、舌の面積、長さ、形、色、表面の様子などを見る「舌診」というものがありますが、これをAIの画像分析で行うというものです。


元々人間の目で舌をチェックして診断ができていたのであれば、舌の画像と診断結果をセットにした学習データを作り、AIで分析すれば、今までマニュアル化できなかった細かい「匠の技」をAIに学習させることは実現の可能性が高いと言えそうです。


実際、関係者の説明によると病院との協力で実験を行った結果、コレステロール血症、高血糖や乳がんなどの診断正確度は80%(2018年当時)にまで高まっており、今後他の疾病の診断にも応用していく予定だとのことでしたので、AIを活用する有望な分野だと言えるかと思います。


システムも市販のデジカメ、接写用フラッシュ、PC等を活用し、コストを抑えられるようになっています。ちょっと感心したのが舌と12色のカラーチャートを併せて撮影し、照明や機器による色の差を自動補正できるようにしていることです。AIでは学習データの質が非常に重要なので、こういう形で質を高める工夫は現場の状況を踏まえると実に現実的な解決方法だと言えると思います。

 

 

 

光ファイバーを介護分野に活用 (Huijia)



光ファイバーが振動で変形すると内部を通る光が減衰するのを利用し、それを独自の演算方法で分析することで、呼吸・心拍数・脈拍・血圧・睡眠分析・体の動きなどの生体情報をかなりの精度で取得することが可能な技術とのことです。


実際展示会場でもマットは手で少し触れただけですぐに反応しており、非常に感度が高いセンサーであることが分かります。出展者によると既に乳児やお年寄りの看護・介護で同社商品が使われており、数センチの厚みがあるベビーマットの中や枕の下に置いてもマットを通じて伝わる振動を検出し、実用上問題ないレベルの生体情報を取得できるとのことです。


センサーが敏感なだけに、必要な情報だけを取得する、逆に言うと余計な「雑音」を除去するような独自のノウハウを合わせて、この光ファイバーセンサーを使いこなしているのではないかと思います。

 

 

 

うそ発見器進化版、カメラによるバイタルサイン測定 (FaceHeart)



こちらは番外編です。以前よりカメラで皮膚や毛細血管の色の変化を読み取り、心拍や感情の起伏、疲労、緊張の度合いなどのバイタルサインを測定する技術は広く存在しました。


普通は長時間の運転や居眠り運転への警告などそういったバイタルサインをそのまま使う応用事例が多かったのですが、この会社は金融分野に応用したのがポイントです。具体的にはカメラをATMや銀行窓口などに設置し、来客の感情や緊張度などを測定することで、振込詐欺や借名口座、詐欺などを防止する仕組みです。


こういった発想の転換は文系・理系に関係はありません。いかに技術を理解つつ、ビジネスに活かすアイデアを考えるかが重要なのだと思います。

 

 

 

まとめ


ヘルスケアに関しては理論的な部分は医学・技術的な実装はITですが、ビジネスにどうつなげるかは分野に縛られないアイデアや発想の転換が重要だということが製品を通してご理解いただけたのではないかと思います。


高度な技術が盛り込まれるよりも、ニーズを踏まえた技術を活用するアイデアが盛り込まれた製品こそ、より良い製品になるのではないかと思います。


是非そういった面白い製品が生まれた背景や過程の部分を見ていただき、皆様のビジネスに役立てていただければと思います。


本日の話は以上になります。「台湾にこんな製品ありませんか?」「こんな製品を考えているのだが、台湾での可能性はどうか?」など個別の質問はこの場で私の感覚でお答えするのは不正確かもしれません。こういった個別の相談は是非IDEC横浜の各種相談制度をご利用ください。


横浜市内の中小企業であれば、台湾市場調査なども含めて一定の範囲までは無料で利用が可能です。是非海外進出に興味がある横浜の中小企業からのご相談をお待ちしております。

 

本セミナーの動画はyoutubeで公開中!! ▶▶▶ 動画


台湾サポートデスク
Pangoo Company Limited 代表 吉野 貴宣

 


この他の台湾アップデートセミナーのレポートもぜひご覧ください!

第1回 台湾の近況、コロナ対策模範生からの転落、そして復活

第3回 台湾新製品から見る「地に足の着いた」IoT活用

第4回 Food Taipei (台北国際食品展覧会)に見る日本企業のチャンス

第5回 海外進出の第一歩、台湾展示会+外国語ウェブ徹底活用


公開日時
2022年3月19日(土)