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台湾アップデートセミナー第1回 台湾の近況、コロナ対策模範生からの転落、そして復活(講義録)
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このレポートは、2021年12月にオンラインセミナーで講演した内容を文章にしたものです。

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今回は第1回として「台湾の近況、コロナ対策模範生からの転落、そして復活」と題し、台湾の近況について触れたいと思います。

最近の台湾の新型コロナの状況


 

        2021年05月からのCOVID-19感染者数


初動が早く台湾域内での感染者をほぼゼロに抑え込んできた台湾ですが、2021年5月に国際線のパイロットがウイルスを持ち込んだことで、台湾域内での感染者数が急激に増え、一時期は繁華街から人が消えるほどの事態になりました。

 



しかしこういった事態を乗り越え、行動制限・マスク・ワクチンという感染症対策の「常道」で再度ゼロに近いレベルに抑え込むことができ、現在状況は落ち着いています。


       台湾の展示会(2021年12月)


ただ台湾でもゼロ・コロナは難しいという認識が出てきており、当面新型コロナとどう共存するかという「with コロナ」の方向に議論が動きつつあります。現在、台湾政府はワクチンの確保と大規模接種を急いで行っており、この辺は日本政府の考え方と大きく変わらないと言えます。

 

 

弱り目に祟り目?フェイクニュースに注意


こういう動揺している時期には台湾や日本で混乱を煽る様々な流言・フェイクニュースが飛び交いました。こういうフェイクニュースは台湾だけでなく、日本のニュースでも出回ります。台湾と深い関係がある日本もフェイクニュースの最前線であるという認識は必要だと思います。台湾関係のニュースや情報は慎重に見る必要があると言えるでしょう。

 

 

最近の台湾の景気

         台湾の経済成長率


台湾経済は新型コロナ禍の中に置いては健闘しています。外需に関しては、在宅によるリモートワーク・授業などの需要で、IT・通信製品・半導体の受注が好調で、他の輸出入の減少を補い、経済成長に貢献しています。


内需に関しても台湾人が海外に行けない分、台湾国内の消費に回っていることで、まずまずの状態です。ただ2020年の前半や2021年の第2四半期など、外出・行動制限が厳しい時期は飲食や観光を中心に内需にかなりのマイナス影響を与えています。


ただ全体的には台湾はかなり健闘していることは間違いなく、台湾政府は外需は今後も続き、2022年は4%台の経済成長を維持すると予想しています。

 

台湾版地域振興券「三倍券」、「五倍券」


外出制限緩和後、厳しい外出制限で落ち込んだ消費を促すために台湾版の地域振興券が国民1人あたり1枚発行され、さらに民間も便乗して様々なセールなどの販促活動を行いました。


2020年後半は1,000台湾元の自己負担で3,000元の振興券が買えたので「三倍券」、2021年後半は元々1,000元で5,000元の振興券が買える予定で「五倍券」と呼ばれていたのですが、与野党の綱引きの中で結果的に自己負担無し、ゼロ元で5,000元の振興券が貰えることになりました。ただ名称は相変わらず「五倍券」と呼ばれています。

 

 

台湾版地域振興券配布におけるIT活用


まず振興券を紙ではなく、できるだけクレジットカードやQRコード決済、交通系カードへのキャッシュバックとして出すことにし、デジタル化を図りました。またカード発行業者や決済業者側など民間側でもポイントを付けたりするなどして、積極的なキャンペーンを行っていました。


こうすることで上手く行けば「先に5,000元使う→5,000元キャッシュバック→財布のひもが緩む→ポイント+キャッシュバック分も使う」という形で5,000元より大きなお金が動く可能性も高くなります。


また各省庁や政府や地方自治体が、外食限定・国内旅行限定・文化イベント限定・原住民(台湾先住民族)グッズや経営民宿限定・地域限定など・・・抽選で当たる用途限定の追加振興券を付けました。


また各種優待情報のまとめ、振興券のクレジットカードやQRコード決済、交通系カードへの紐づけや申込、紙版振興券の受け取り予約などの情報確認と申込が一つのウェブサイトで完結できるようになりました。


技術的には難しいことをやっているわけではありませんが、各省庁や業者でバラバラに構築しているものを、まとめるだけで、ずいぶん使いやすくなります。こういったサービスや情報などを一つに集約したり、組み合わせて使いやすくするのは「マッシュアップ」などとも言われ、ネットやプログラミングの世界では良く行われています。

 

 

社会基盤としてのマイナンバー制度の整備


さらに言うと紙版振興券の受け渡しも郵便局やコンビニに委託して実施されました。よく台湾のIT対応が称賛されますが、こういったことができるのは日本では導入に苦労した国民一人一人に番号を振る、マイナンバー制度(台湾名称「統一證號」)を台湾では1965年から導入できているからです。


日本では国による個人情報管理に対する警戒が強く、マイナンバーの割り当てが始まったのは2015年になりましたが、ITの導入だけではなく、ITの導入に適したこういった制度面での整備も台湾と日本には大きな差があることは認識しておく必要があると思います。

 

 

「QRコードによる追跡ツール」の導入までのいきさつ


日本でも頻繁に報道された台湾の新型コロナ対策の一つに「QRコードによる追跡ツール」があります。導入される前後の状況を思い出しながら、台湾ではどういう形で「地に足の着いた」IT活用をしているのか見ていきたいと思います。


法規制という部分では2021年5月15日より店舗と来店者両方に電話番号の登録を義務付けました。プライバシーの関係で実名ではなく連絡先を残すということで台湾では「実連制」と呼んでいます。


当初はどうすればよいか店側も模索しており、15日0時より24時間営業の店では表への記入によって「実連制」がスタートしました。


15日〜16日には「Googleフォーム」などのノンプログラミングツールを使ったフォームを色々な店で見かけるようになりました。 QRコードを読み取るとフォームなどに飛び、電話番号を入力するという仕組みです。


これは誰かが強制したわけではなく、コスト(出来れば無料で)や手軽さを考慮して、誰かが始めたものを皆が真似てこうなったものです。台湾の7-11やStarbucksを経営する統一(Uni-President)グループのような大企業でもGoogleフォームを使っていました。


その後19日には台湾政府コロナ対策本部のホットラインの番号宛に直接携帯電話のSMSを送る仕組みを日本でも有名なオードリータン(唐鳳)さんが作成し、これが一気に普及しました。


これも政府が導入を強制したわけではありませんが、対策本部のお墨付きのツールであったこと、また何よりも店は来店者の情報にタッチしなくても済む、SMSを送った画面をチェックする程度で済むことで、個人情報管理の負担がなくなることも普及を後押ししたと思います。


こういったいきさつを見ると政府機関が行うこと、企業が行うこと、さらにオードリータンさんのような公と私を結ぶ人が行うことが上手く連携し、余り国家権力などの強制力に頼らず、効率の良い防疫体制が築けたということが言えるかと思います。


「QRコードによる追跡ツール」は枯れた技術の組み合わせ



「QRコードによる追跡ツール」のキーの一つは各場所毎に異なる「場所コード(基本15桁)」を作ったことです。


これを携帯のショートメッセージ(SNS)で入場時に報告する事で発信元の電話番号、発信時刻、場所コードの膨大なデータが通信会社に残ることになります。もし感染者が見つかった場合はこれを分析することで、同じ場所を同じ時間に訪れた人に連絡をしたりすることも可能になるわけです。


SNSはスマートフォンでなくても、昔の携帯電話でも利用が可能です。また通信会社のセンターにアクセスするので、メッセージが送信されたかどうか明確に分かります。インターネットではなく、敢えてSNSというさんざん使われた「枯れた技術」を使うことで確実な情報収集を行っているわけです。


しかし毎回15桁の場所コードを打つのは面倒。そこでQRコードを使います。QRコードには以下のような内容が記載されています。


SMSTO:1922:メッセージ内容
 

これを読み取るとスマートフォンのSMSツールが自動的に起動し、メッセージの下書きまで行ってくれます。あとは送信ボタンを押すだけです。QRコード読み取り機能があればアプリは問いません。


これは、QRコードに自社のウェブサイトのURLを埋め込み、スマートフォンで読み取ると自社サイトが表示されるのと似たような感じです。難易度も似たようなもので難しくありません。


QRコードもさんざん使われている「枯れた技術」です。ほとんどのスマートフォンで確実に動作する技術です。

 

割り切りが素早いツールの普及を可能にした


「QRコードによる追跡ツール」のキーの一つは各場所毎に異なる「場所コード(基本15桁)」と先ほどお話ししましたが、この場所コードの発行が面倒であれば、おそらく店側も導入を躊躇した可能性が高いと思います。ここで大幅な割り切りを決断したのが「QRコードによる追跡ツール」の隠れた成功の理由だと思います。


まずこの「場所コード」は法人でも任意団体でも個人でも、専用ウェブサイトで誰でも取得が可能です。そもそも法人かどうかなどの確認も一切行いません。


また15桁を連続させようが、途中で分かりやすいように空白を入れるのも自由ですし、前後にメッセージを入れても構いません。例えば「このショートメッセージは防疫目的のみで使用され、当店にはデータは一切残りません」などの文言を場所コードの後に入れても構わないのです。


さらに同じ会社で支店や営業所が複数ある場合は、場所コードを再度取得しても構いませんし、15桁の後ろに数桁追加して識別できるようにしてもかまいません。こういった番号割り振りや取得の自由さが普及の大きな原因になったと思います。


なお、場所コード発行時は、台湾の携帯電話番号で申請者の本人確認を行います(入力した携帯電話番号にSNSで秘密のコードが届き、それをウェブサイトで入力することで確認)。こうすることで1人で無制限に場所コードを取得され、コードが枯渇するリスクを回避しています。


また他人が自社や自店を偽って登録する可能性は無くはないですが、QRコードは店舗に掲示する物なので、誰かが偽のQRコードを貼ろうとしても気づかれる可能性が高いように思います。


またそういったことへの対処は営業妨害とか、詐欺とかで、既存の法律の適用を想定していると考えられます。つまり事後チェックでわりきっているということです。

 

 

オードリータンさんの話

さきほどオードリータン(唐鳳)さんの名前を出したので、少しオードリータンさんの話をしたいと思います。日本では少し偶像化が過ぎるような気がしますが、台湾でも色々な意味で異色な人には間違いありません。私自身はオードリータンさんの話を聴いていると、デジタル技術で「開かれた社会」の実現を目指す社会運動家という部分を強く感じます。


また台湾はトランスジェンダーに関しては日本以上に保守的な部分があり、正直同性婚も賛否両論で、蔡英文総統で無ければ法案が通ることはなかったかもしれません。しかし蔡英文総統は前向きに取り組み、オードリータンさんも入閣させています。


それに対してコロナ対策の部分でオードリータンの能力がフルに発揮される機会があり、目に見える成果が出ています。本件に限らず、ご自分の決断が後で追い風になることが多い蔡英文総統の政治家としての引きは大変強いと思います。

 

 

TSMCのどこがすごい?台湾半導体業界基礎の基礎

最近の台湾関係の話題としてはTSMCが挙げられることが多いと思います。本日は台湾の半導体業界のすごさについてできるだけわかりやすくお話ししたいと思います。

昔はIC(集積回路)メーカーは企画・設計・製造・販売など全てを行う「IDM (Integrated Device Manufacturer、垂直統合型デバイスメーカー)」が普通でした。現在は工場を持たない「ファブレス (fabless)」が当たり前になっており、こういったファブレスのICメーカーの多くが台湾に製造委託を行っています。



 

ICの製造工程は大きくは「前工程」と「後工程」に分かれます。


「前工程」とは、円盤型の「ウェハー」上に多数のICチップを作る工程です。「前工程」 を専門に請け負っている事業者を「ファウンダリ(foundry)」と呼びます。世界シェアを見るとTSMC以外にもUMCやPSMC、VISなど台湾企業が並びますが、TSMCがファウンダリの中で圧倒的な存在感を占めるのが見て取れるかと思います。



一方「後工程」とは、多数のICチップが形成されたウエハーを切り分け、パッケージに封入し、テストを行い、完成させる工程です。「後工程」 を専門に請け負っている事業者を「アセンブリ・ハウス (Assembly House)」と呼びます。


こちらも最大手は台湾の「ASE (Advanced Semiconductor Engineering, Inc.、日月光半導體製造股份有限公司)」、またSPIL、PTI、KYEC、Chipbond、ChipMOSなどの台湾勢のシェアが高い分野だと一目でわかるかと思います。

 

 

なぜ台湾の半導体業界は強い?水平分業の強み

 

IC製造には多額の投資が必要です。とくに集積度が高くなればなるほど、高価な設備が必要となります。ファブレスICメーカーは工場設備を持たないことでそういった高額な投資を不要とし、その分製品開発やマーケティング、販売に注力しているわけです。


製造工程への高額な投資が必要ない分、ファブレスICメーカーはIDMに比べると参入しやすく、台湾TSMCの取引先は数百社以上とされています。


一方、ファウンドリやアセンブリハウスは世界中から受注することで高価な設備であってもどんどん使って生産することで投資を回収することができます。また自社の技術を高め、コストを下げないと同業他社に案件を奪われて失注する可能性もあるわけですから、製造技術も磨かれます。


IDMの場合は製造が難しければ設計を変更してもらうなど上流工程で調整してもらうことも容易ですし、一部工程が不効率でコスト高でも全体で利益が出れば良いため、工程個々での「個別最適」に関しては、水平分業体制の台湾の半導体産業に及ばないところもあるように思います。


しかしながら個別最適では解決が難しい技術的課題というのもあり、「全体最適」を図り易いIDMの強みもあります。今後の技術動向次第では「全体最適」に軍配が上がる可能性もあり、IDMが必ずしも時代遅れというわけではないことに注意が必要です。


またこういった台湾半導体業界で導入される設備や材料の多くは日本に依存しており、日本の強みはまだ残っています。

 

 

最後に

今回は「コロナ対策優等生」の台湾が直面した、一時期の感染者拡大、そしてその克服について、また克服に当たって活用されたITについて、またちょうどニュースになっていた台湾半導体業界についてお話をしました。

今回セミナーに参加された横浜の中小企業の皆様におかれては台湾とのビジネスにご興味のある方が多いかと思います。個別の案件については是非、IDEC横浜の各種制度を利用いただき、ご相談ください。

 

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台湾サポートデスク
Pangoo Company Limited 代表 吉野 貴宣

 


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公開日時
2022年3月19日(土)