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台湾のドローン(無人航空機)産業・後編:政府が後押しするドローンの活用、人材育成
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台湾のドローン(無人航空機)産業・後編:政府が後押しするドローンの活用、人材育成

近年台湾政府はドローン(無人航空機、Unmanned aerial vehicle、UAV)産業育成に熱心に取り組んでいる。その取り組みについて前編・後編の2回に分けて紹介する。後編では、ドローンの活用や人材育成について紹介する。

→前編はこちら

「領航盃」ドローン・アイデア・コンテスト

「領航盃」ウェブサイトより

「領航盃」ウェブサイトより

台湾政府交通部運輸研究所が主催する「領航盃」ドローン・アイデア・コンテストは2020年に第1回、2022年に第2回が行われ、参加者を積極的に募り、賞金も用意されるなど、非常に力の入ったコンテストとなっている。

ドローン・アイデア部門は人材育成が目的

「領航盃」アイデア部門の優秀作品(各チームのプレゼン資料より)

「領航盃」アイデア部門の優秀作品(各チームのプレゼン資料より)

例えば2022年のコンテストのアイデア部門は、大学生のチームを対象としており、指導教授の下、以下の条件に沿ったドローンの設計を行うものである。48チームが参加し、上の図の様な様々なアイデアが出る非常に盛り上がったコンテストとなった。

  • ペイロード(搭載物)2kg以上
  • 最大離陸重量25kg(ペイロードや電池なども含む)
  • 飛行直線距離10km以上
  • 垂直離着陸能力を備え、VTOL(垂直離着陸能力を備えた固定翼機)であればなお良い

この盛り上がりに関しては、かなり主催者側の周到な準備があるように感じた。

まず最優秀賞3組に10万台湾元(約44万円)、優秀賞3組に5万台湾元(約22万円)、特別賞1組に2万台湾元(約9万円)、予選通過10組全てに2万台湾元(約9万円)と、どちらかというと多くの人に賞が行き渡るように配慮されているように見える。

またコンテスト開催に当たって主催者側で色々な学校に積極的に広報活動を行い、多くのチームの参加を促している。

さらにこの部門では、試験飛行成功にまでこぎつけると審査で加点されるが、試験飛行していなくても、審査の対象になる。そのため実現可能性を重視し、試験飛行まで完了しているチームもあれば、理想を求めて概念設計で応募しているチームもあり、それが上の図の様な様々なアイデアが出る事につながったのだと思われる。

学生が参加するこの部門に関してはドローン関係の人材育成も視野に入れたものである。そういった目的に対して、コンテストという適切な手段を選び、さらに盛り上げるための実行時の工夫が大いに奏功したと思われる。

ドローン活用部門は公的機関も参加

またドローン活用部門は、政府機関、もしくは公営・民営の交通機関など、公共性の高い組織を対象としており、12のチームが参加した。どのチームも現在すでに活用されている案件が紹介され、他の機関でもすぐに導入できそうな活用事例を集めることを主眼に置いた部門である。

道路拡張をせず、休暇期間の交通渋滞に対応

どの事例も非常に興味深いが、今回は字数の関係で筆者が選んだ交通渋滞対策に対するドローン活用の事例を紹介したい。

台北・蘇澳・花蓮位置関係図

台北・蘇澳・花蓮位置関係図

活用の場は台湾東部の蘇澳(そおう)という町である。地方都市なので日頃は交通渋滞とは無縁だが、2006年に高速道路が蘇澳まで開通したことで週末や連休は台北などの都市からの観光客で深刻な交通渋滞が発生するようになった。

また問題をさらに複雑にしたのが2020年に蘇澳からさらに南の花蓮(かれん)までの幹線道路が改善され、蘇澳経由で花蓮に向かう車両が増加したことである。つまり蘇澳内に流れ込む以下4種類の大きな流れを上手くコントロールしなくてはいけないのである。

  1. 南下:台北→高速道路→蘇澳
  2. 南下:台北→高速道路→蘇澳→幹線道路→花蓮
  3. 北上:台北←高速道路←蘇澳
  4. 北上:台北←高速道路←蘇澳←幹線道路←花蓮

1~4いずれの流れであっても、財政の制約上、週末や連休にしか渋滞しない道路を拡張する事は難しい。よって車を蘇澳内のどの道路に並べるかがポイントになる。

蘇澳周辺道路接続概念図

蘇澳周辺道路接続概念図

例えば先ほどの2や4のように台北・花蓮間を移動する車両の場合は、上記の図で行くと「台北⇔高速IC⇔A⇔B⇔E⇔F⇔花蓮」と蘇澳中心部との流れとは分離する方が望ましい。これは標識による誘導などで実現している。

特に2(南下)の場合、高速道路ICから蘇澳に入ってくる単位時間当たりの車両数はポイントFから花蓮方向に出ていく車両数の最大2倍に及ぶ。よって高速道路ICから蘇澳には敢えてゆっくり入れさせ、ポイントFから花蓮方向には速く出させる工夫が求められる。具体的には信号やICでの規制などにより、実現している。

渋滞がひどくなってくると迂回路として「台北⇔高速IC⇔CD⇔E⇔F⇔花蓮」とポイントC・Dを経由する車両も出てくるが、C・Dは蘇澳中心部と繋がっているポイントなので、複数の流れが重複して効率良く台北や花蓮行の車両をさばけなくなるとも考えられる。そうなる前に高速道路のICで制限をかけるなどの措置をとるのである。

このように道路を拡張せず、秩序を保ちつつ車両を並ばせることで交通渋滞に対応するためには、それぞれの区間に何台の車が既に並んでおり、あと何台分の空きがあるかを計測する必要がある。

つまり定点カメラで一部の区間の車両の走行状況を見るのではなく、各区間を車両がどのくらい埋めているかを「面」で把握しなくてはいけない。この「面」での把握としてカメラを搭載したドローンが活躍する。各区間に沿って飛行し、撮影を行うのである。

ドローンの運用やデータ分析に工夫が

ドローンを道路の上を飛ばし続けると万一の時に車両や人に被害が及ぶ可能性がある。よって道路の中央から15メートルほど離れたところを飛行し、斜めから撮影を行っている。強風の場合は空中で一時停止し、強風が収まってから巡回飛行を再開するなどの工夫も行っている。

またドローンが撮影した映像の分析にはAIの画像認識が使われている。先述した各区間ごとの車両数以外にも車両の北上・南下、蘇澳中心部に向かうか・経由するだけかなどの分析も行っている。先述した1~4の流れの内、どれかもかなりの制度で判別しているのである。

こういった分析結果を総合して、分かりやすくダッシュボードに表示する地上管制ステーションのソフトウェアも用意されている。ドローンでは情報は大量に集まるが、そのままでは現場の人間では処理しきれない。そこを情報整理し上手くサポートするのもAIの重要な使い方であると思う。

ドローン研究開発部門では、産学共同の推進

用途別ドローン市場(2016年)

用途別ドローン市場(2016年)(台湾政府・交通部「推動我國無人機科技產業發展先期研究規劃より)

商業ドローンの用途は図の通り様々であるが、台湾政府・交通部はロードマップにおいて遠隔地物流と橋梁点検におけるドローン商業利用実用化に重点を置き、ドローンやその活用に必要な技術開発を後押ししている。

コンテストのドローン研究開発部門でもこの2つの商業利用実用化に向けて技術的な課題を解決する研究開発の案件が集められ、2022年は21チームが参加した。

遠隔地物流

台湾も日本と同様に遠隔地が多い。離島は8か所あり、一番近い離島で16km、一番遠い離島で210kmほど台湾本島から離れている。また台湾本島内も3000メートル以上の高山が268座もあり、そういった山地に存在する遠隔地は65箇所ある。

こういった遠隔地における物流をドローンで迅速化・効率化するというのが遠隔地物流の概要である。一般的な物流においてドローンを導入しても割に合わないため、まずは遠隔地物流に絞ってドローンを導入するという風に言い換えることもできる。

例えば郵便などのユニバーサルサービスでは遠隔地であっても廉価なサービスを提供しているが、実際にはサービス提供に多大なコストが掛かっている。ここでドローンを導入し、コストを引き下げることができれば、そのメリットは大きい。

また山上の気象観測所などへの輸送や医療物資等の緊急輸送など、特殊な物流においても無人のドローンが使えるとコストや安全面においても大きなメリットがある。

遠隔地物流においては航続距離やペイロード(積載量)がポイントになる、また山地への輸送においてはドローンを水平だけでなく、垂直方向にも移動させるため、その分燃料や電池の消耗も激しい、ドローンの飛行能力が問われる研究である。

橋梁点検

台湾の自動車道路における橋梁は全部で22,645基あり、この点検に相当な手間とコストがかかっている。これをドローンとAIにより自動化・省力化しようというのが橋梁点検におけるドローン導入の目標である。

橋梁の下を飛ぶドローン

橋梁の下を飛ぶドローン(国震中心輿台大土木合設AI研究中(NTUCE-NCREE ​AI Research Center)韓仁毓教授(台湾大学)の資料より)


橋梁点検を点検するためには、まずドローン搭載のカメラでの撮影なり、センサーでの測定なりを行わなくてはならないが、上図の右のように橋梁の上下の全面をなめるように飛ばないといけない。また撮影した場所が精密に分からないと分析できない。

つまりドローン自身がどこを飛んでいるかを緯度・経度・高度・機首の方角などを精密に測定する必要があるが、これが意外に難しい。

GPSなどのGNSS(全球測位衛星システム)だけではメートル単位の精度までしか出ない。またドローンでは気圧計による高度測定が良く使われるが、これも離陸時や操縦時、突然の気流が発生した時などは高度計算が狂うこともある。また橋梁点検は特に橋梁の下をしっかり点検しないといけないが、橋梁の下では衛星からの信号が届かない。

こういった様々な状況下でもドローンの位置が正確に測定できる技術が求められるのである。しかも飛行時間の関係上、ドローンに余り重い部品やモジュールを搭載しないに越したことがないので、その辺も配慮することが求められる。

橋梁をAIで部位別に色分け

橋梁の下を飛ぶドローン(国震中心輿台大土木合設AI研究中(NTUCE-NCREE ​AI Research Center)韓仁毓教授(台湾大学)の資料より)

次に撮影したデータを分析する作業である。画像認識などでAI、特にディープラーニングが活用される領域である。上の図は橋梁の画像をAIで部位別に色分けしている。橋梁の部位によって材質や検査項目が異なるためAIによる部位の判別が必要である。

AIで劣化部分をマーキング

AIで劣化部分をマーキング(国震中心輿台大土木合設AI研究中(NTUCE-NCREE ​AI Research Center)張家銘副教授(台湾大学)資料より)

上の図ではAIで橋梁の劣化・損傷部分を識別しマーキングしている。材質や部位によって出現する異状は異なる。例えば鉄橋の場合は塗装剥がれ、コンクリート橋については破損、ヒビ、鉄筋露出などである。こういった違いや程度もAIで判別される。

最終的には橋梁の部位・材質別に点検項目をAIでチェックし、異状の種類、数、程度などをAIでカウントし、それに基づき補修の緊急度を5段階で評価できるようにする予定である。

元々人間の目で行ってきた、異状の種類、数、程度などのカウントをAIで置き換えることにより、自動化が進むとともに、AIの判定を後で検証できるというのが、安全確保上重要だと思われる。

「エコシステム(生態系)」にどう入るか

特にドローン産業に関しては台湾でもこれから育成を図っていく段階であり、台湾のドローン関係者の日本に対する期待は大きい。

ドローンそのものの技術面や費用面における参入障壁は低く、中小企業でもチャンスはあるのではないかと思う。台湾ドローン産業を補完できる技術やノウハウを持つ日本企業はもちろんだが、半導体・IT・電子製品に見られる、台湾の量産力や世界への展開力も大いに活用してもらいたい。

最近の台湾の展示会では「エコシステム」という言葉をよく見る。ビジネスにおいてそれぞれの企業が持つ強みを活かしながら、お互い成長していくネットワーク・仕組みを指す。

台湾を通じて世界の「エコシステム」に入っていくのも、面白いのではないかと思う。何でも自前にこだわらず、自社の強みを最大限生かしつつ、上手く分業し、台湾の量産力やネットワークを活用して、台湾だけでなく、世界への進出にも挑戦していただきたい。

参考資料

今回の記事執筆については台湾政府交通部運輸研究所の委託の下、実際の「領航盃」の運営に当たられているTaipei Computer Association(TCA)の協力をいただいた。感謝申し上げたい。

  • 無人機創意競賽 https://drones-competition.tca.org.tw/GroupRule1.aspx
  • 中央銀行-我國與主要貿易對手通貨對美元之匯率 https://www.cbc.gov.tw/tw/cp-520-36599-75987-1.html
  • 推動我國無人機科技產業發展先期研究規劃(交通部運輸研究所、2022年03月)
  • 2020交通科技產業政策白皮書(台湾政府交通部、2020年03月)
  • 無人機於交通運輸領域應用與政策推動之探討(邵珮琪、林清一、吳東凌、運輸計劃季刊 第四十九卷 第三期 掲載、2020年09月25日)

※ウェブページについてはアクセス日はいずれも2023年03月31日

筆者について

IDEC横浜・台湾サポートデスク
Pangoo Company Limited 代表 吉野 貴宣
https://www.pangoo.jp/

注意事項

本レポートの内容は筆者個人の見解であり、IDEC横浜を代表するものではありません。また可能な限り注意を払って調査・考察しておりますが、万一誤りや不十分な点がございましたらご容赦ください。


公開日時
2023年4月11日(火)